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2010年10月 3日 (日)

枯らすなら おまへの墓場で枯らしたいから

私の深い悲しみの庭の中に
 ああ 見捨てられた私の心よ、おまへもおんなじだ、
 かまひてもないが凋(しぼ)みもしない
この貧しい詩の花も さうなのだ

とぢてしまつたおまへの眼を、昔うれしがらせたこの花を、
 おまへの墓場に植ゑさせてくれないか。
 よしや咲きさかる時がなからうとも、
枯らすなら おまへの墓場で枯らしたいから

テニスン『イン・メモリアム』 No.8より(入江直祐訳・岩波文庫)p.40
(早世した親友アーサー・ハラムを悼む詩の一部です)

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