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2011年1月25日 (火)

自分がもっとも自分となるような

…天才のもつ健全な自惚がロレンスに欠けていたことが、
かれの生涯を悲劇的な浪費におわらせた根本原因の一つである。

(中略)ケニントンは、まったく他人の、
千里眼のきく老教師に『智慧の七本の柱』を
見せたときのことをこう述べている。
それを読んでの教師の感想は――

「この本を読んで、わたしは胸が痛んだ。
これを書いた人は、わたしの知るかぎりでは
もっともずばぬけた大人物だが、
この人はおそろしくまちがっている。
自分が自分でないのだ…(中略)

わたしは心配でならない。
この人は行動のなかで生きてはいない。(中略)」

この感想は、ロレンスの根底を衝いているのみか、
「アウトサイダー」一般の性格を的確に表現している。

「この人は行動のなかで生きていない」――
まさにムルソーとクレブスである。
「自分が自分でない」という言葉の意味は、さらに深い。

自分がもっとも自分となるような、
つまり最大限に自己を表現できるような
行動様式を見出すのが
「アウトサイダー」の仕事であることを、
この一言は意味している。

コリン・ウィルソン『アウトサイダー』「Ⅳ制御への試み」より、T.E.ロレンスについての分析(引用は1957年刊・福田恒存/中村保男訳・紀伊国屋書店版 p.73より)

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