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2015年2月21日 (土)

僕が言っているのは、 ネガティヴ・ケイパビリティ(受容する負の能力)というものだ。

僕が言っているのは、
ネガティヴ・ケイパビリティ(受容する負の能力)というものだ。
先の読めない状況や、理解を超えた神秘や、
疑念のなかに人があるとき
事実だの、理屈だのを求めて苛立つことなく、
その中にたたずんでいられる、
その能力のことだ。

――ジョン・キーツ 1817年12月22日 ジョージ&トマス・キーツへの手紙より
(下記パブリック・ドメイン テキストより拙訳)

—I mean Negative Capability, that is, when a man is capable of being in uncertainties, mysteries, doubts, without any irritable reaching after fact and reason.

John Keats  (to George and Thomas Keats,
December 22, 1817)
from "Letters of John Keats to His Family and Friends"

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