2010年2月21日 (日)

美しいものの観想が心に生み出す満足感

…しかし私自身としては美という言葉によって、
物体に備わっていて我々に愛もしくはそれに似た種類の
情念を生み出す一つもしくはそれ以上の性質
である
と定義する。

(中略)同じ趣旨にもとづいて私は愛という言葉
(これによって私が意味するものは、その本性が
何であるかを問わずすべて美しいものの観想が
心に生み出す満足感のことである)
を、欲望ないし色欲と区別する。

欲望は我々を駆って或る対象の占有へと向かわせる
心の活動力であって、それは決して対象が
美しいという理由で我々を刺激するのではなく、
それとは全く別の原因からである。

我々が特別美しくもない女性に対して
強い欲望を感ずることもあろうし、
その反面で同性たる男性もしくは他の動物に
備わる美に対して愛を感じはするが
些かも欲望を感じない場合もあろう。

この事実は美それ自体ないし美が生み出す
愛と呼ばれる情念が、たとえ時折は欲望と平行して
作用することがあっても
決して欲望と同じものではないことを立証する。

エドマンド・バーク『崇高と美の観念の起源』/第三編/一 美について(『エドマンド・バーク著作集1』中野好之訳・みすず書房p.99~100)

同内容の『崇高と美の観念の起源』単行本は現在絶版ですが、
下記サイトにて二月末まで、2010年復刊リクエスト投票を受付中です。
ご興味のある方はぜひどうぞ!(私は勢いで投票してしまいました(笑))

→書物復権2010年8社共同復刊
(投票については下のほうの「実施要綱」をご覧ください。
『崇高と美の観念の起源』は復刊候補リスト&リクエストフォームのNO.36です)

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2009年5月 4日 (月)

「芸術の目的は(…中略…)個性の領域を広げることであります」

芸術を技術から区別できる意味だけから言えば、
芸術はまず何よりも個人の領域に係るものであります。

そして芸術の目的は、
それと関連した多くの偶然的技術的機能は別にして、
個性の領域を広げることであります。

それゆえ、偶々(たまたま)ある特定の人物、特定の文化におこって
独自の個性ある形をとった感情、情緒、挙措、価値などは、
他の個人や他の文化に力強く有意義に伝達されうるのであります。

共感と感情移入は芸術特有の方法であり、
いわば他の人間の奥深い体験をともに感じること、
そのなかに感入することである。

芸術作品とは人間がそこから自分の体験の
底流をなす水源をともにすることのできる、
目に見え飲みほすことのできる泉であります。

ルイス・マンフォード『芸術と技術』(生田勉訳・岩波新書)p.17
昭和40年発行(初版は昭和29年)の古書より、旧字体を適宜改めて引用しました。
左のリストには、現在より入手が容易と思われる講談社学術文庫版を掲載しています。

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